人口が知る未来 - エマニュエル・トッドの分析から見える国家の運命


本稿は『【予言的中】ソ連崩壊を唯一当てた男、E・トッドが警告。中国の「静かなる時限爆弾」と日本の「意外な未来」』(https://www.youtube.com/watch?v=KNNzvYBzOaMの内容と各種補足報告から再構成した資料です。
『歴史の羅針盤』(https://www.youtube.com/@HistorysCompass-u3z


はじめに:不確実な時代と人口という確実な変数

皆さんは未来を予測したいと思いますか?世界は今、非常に不確実な時代に突入しています。多くの投資家や経営者がレイ・ダリオの経済サイクル論やピーター・ティールの知性リスク分析に耳を傾けています。彼らの理論は確かに示唆に富んでいます。しかし、もし彼らの理論のさらに根底に存在する、もっと確実でもっと動かない未来予測の変数があるとしたらどうでしょうか。それこそが人口です。

本日は、「人口は未来を知っている」と題し、かつてソ連崩壊を予言した賢人エマニュエル・トッドの分析を基に、現代の国、特に中国が抱える静かなる人口爆弾、そして私たち日本の最終シナリオについて深く掘り下げていきます。

世界が直面する共通の不安

今、世界の大国が奇妙なほど共通の不安に直面しています。アメリカは移民問題とそれに伴う深刻な国内の分断に揺れています。中国は人類の歴史が経験したことのない、史上最速のスピードでの少子高齢化に直面しています。ロシアはもはや絶望的と言える人口減少に苦しみ、それがウクライナ侵攻の遠因になったとさえ言われています。そして私たち日本は、「異次元の少子化」という言葉が象徴するように、静かな衰退の恐怖と向き合っています。

経済問題、戦争、イデオロギーの対立、これら全ての現象の根底で、実は人口動態という巨大で静かなエンジンが動いているのです。

未来の設計図を読み解く賢者:エマニュエル・トッド

この人口という未来の設計図を読み解く賢者がいます。彼の名前はエマニュエル・トッド。フランスの歴史人口学者です。彼は経済学者でも政治学者でもありません。彼は普通のエコノミストが見向きもしないようなデータ、例えば家族の構造や識字率といった非常に泥臭いデータから、歴史の大きなダイナミズムを解明しようとしてきました。

なぜ私たちが今、彼に注目するのか?それには決定的な理由があります。彼は1976年という、まだ冷戦の真っ只中に、世界でただ一人「ソ連は崩壊する」と正確に予言した歴史的な実績を持っているからです。

トッド理論の二大支柱

第一の柱:識字率

では、トッドの理論とは何なのか?その第1の柱は識字率です。なぜ文字が読めるかどうかが国家の運命を決めるのでしょうか?それは識字率が上昇すると、人々は聖書や新しい思想書など様々な情報にアクセスできるようになるからです。情報にアクセスした人々はやがて、自ら考えることを始めます。その結果、それまで絶対的だった伝統的な権威、つまり教会や王政の力が衰えていきます。

トッドは、識字率の上昇こそが宗教改革やフランス革命、ロシア革命といった近代と革命の真のエンジンだったと分析します。イデオロギーは人々が文字を読める時にこそ爆発的な力を持つのです。

第二の柱:乳幼児死亡率

そして理論の第2の柱。これが彼の分析の心臓部であり、最も嘘をつかないデータです。それは乳幼児死亡率です。なぜ赤ちゃんの死亡率が重要なのか?乳幼児死亡率が低下するということは、その社会が医療の近代化、教育の普及、そして社会全体の安定を達成したことを示す何よりの証拠だからです。

そしてここが重要なのですが、この乳幼児死亡率の低下こそが、その後に起きる合計特殊出生率の低下、つまり少子化の最も確実な先行指標となります。

人類にはある法則があります。それは、自分たちの子供がまず死ななくなるという安心を手に入れて初めて、子供を多く生まないという選択をするようになるということです。
これは国家の真の健康状態を示すカルテなのです。

ソ連崩壊を予言した分析

この理論を使ってトッドはあの予言を行いました。1976年に彼は『最後の転落』という本を出版します。当時の常識を思い出してください。世界はベトナム戦争やオイルショックの後、冷戦の真っ只中。ソビエト連邦はアメリカと世界を二分する強大な軍事大国であり、その体制は永遠に続くかと思われました。その中でトッドは断言します。「ソ連は官僚制の腐敗と内部の矛盾により、10年から15年以内に崩壊する」と。当然、西側諸国の専門家たちからは狂人の戯言だと完全に無視されました。誰も彼の言うことを信じなかったのです。

なぜトッドがあれほど強気な予言ができたのか。彼はソ連の軍事力や公式発表の経済成長率、GDPなどを見ていませんでした。彼が見ていたのは、たった1つの、しかし決定的なデータでした。それがソビエト連邦の乳幼児死亡率の水準です。1970年代、驚くべきことにソ連の乳幼児死亡率は低下を止め、明確な上昇に転じていたのです。これは近代化した先進国では絶対にありえない異常事態でした。

トッドは、これこそがソ連の医療体制が内部から崩壊し、官僚が嘘の統計を報告し、社会全体が体制への絶望に陥っている動かぬ証拠だと分析しました。この最も正直なデータだけが、国家の内部崩壊という真実を告げていたのです。そしてご存知の通り、1991年、ソ連は崩壊しました。

現代世界をトッド理論で分析する

ロシア:人口学的パニック状態

では、このトッド理論というレンズを通して現代の世界を見てみましょう。まずはロシアです。ソ連崩壊後も、ロシアの人口動態は悪化の一途を辿っています。特にロシア人男性の平均寿命の低さは深刻で、アルコール依存症などの問題も重なり、人口は止まらない減少傾向にあります。

トッドは現在のロシアを「人口学的パニック状態」にあると表現しています。国家として自らの消滅を意識せざるを得ない、追い詰められた状況だということです。そしてこの人口学的パニックこそが、あのウクライナ侵攻の遠い原因になっているとトッドは指摘します。プーチン政権の論理。それは「今動かなければならない。なぜなら、兵士として動員できる最後の世代が今まさに消えようとしているからだ」という焦りです。人口動態の悪化が国家の指導者に戦争という非情な選択を選ばせてしまった。つまり、あの侵攻はロシアの強さの現れではなく、人口動態的な弱さと焦りの究極の現れであると分析できるのです。

中国:静かで巨大な人口爆弾

しかし、ロシア以上に深刻で、静かで、そして巨大な人口爆弾を抱えている国があります。それが中国です。中国共産党は1970年代後半から、一人っ子政策という人類の歴史上、誰も試みたことのない最大規模の人口操作を実行しました。この政策は確かに当時の爆発的な人口増加を抑制し、経済成長、いわゆる人口ボーナスを可能にしました。しかしその代償として、中国は今、人類が経験したことのない史上最速のスピードで、少子高齢化という崖に突入しているのです。中国の出生数は2016年をピークに、文字通り崖のように転落しています。

中国の危機の本質:「豊かになる前に老いる」という悪夢

中国の危機の本質はどこにあるのでしょうか?それは一言で言えば、「豊かになる前に老いる」という悪夢です。グラフを比較してみると、その違いは明らかです。日本や欧米の先進国は、まず豊かになりました。経済成長を達成し、分厚い中間層が生まれ、年金や医療といった社会保障制度を整備することができました。その上で、彼らは「老人の時代」、つまり高齢化社会に直面しました。しかし中国は違います。中国は日本や欧米ほどの豊かさを実現する前に老いてしまったのです。社会保障が極めて脆弱なまま、高齢化社会の負担が社会全体にのしかかってくる。これは想像を絶するプレッシャーです。

中国のアキレス腱:識字率と教育格差

さらにトッドは、中国のもう一つのアキレス腱を指摘します。それは識字率の問題です。もちろん中国の公式の識字率は非常に高い水準にあります。しかしトッドはその実態に疑問を呈します。なぜなら、華やかな沿岸部の都市部と、取り残された内陸の農村部とでは、絶望的なほどの教育格差が存在するからです。今なお残る戸籍制度は、事実上、人々の移動の自由を奪い、見えない身分制度として機能しています。この隠された格差と不平等こそが、将来、中国社会の安定を揺るがす最大の火種になるとトッドは見ています。

中国は次の覇権国になれるのか?

では、結論として中国はアメリカに変わる次の覇権国になれるのでしょうか?トッドの人口動態分析から導き出される答えはノーです。その理由は、第一に、労働力人口の急激な減少と高齢者扶養コストの激増という、人口動態の穴にはまっているからです。第二に、これからは国内の社会不安や高齢化対策という内向きのエネルギーに、国家のリソースの全てを注ぎ込まざるを得なくなるからです。そして台湾侵攻のような対外的な冒険は極めて困難になります。なぜなら、一人ひとりが貴重な兵士を失うことの政治的コストは、独裁政権にとってあまりにも高すぎるからです。

西側諸国の現状

アメリカ:分断の根底にある教育格差

ここで視点を変えて、西側諸国も見てみましょう。アメリカはどうでしょうか?アメリカはヒスパニック系の移民などのおかげで、合計特殊出生率は先進国の中では比較的高く、人口動態的にはましな状態です。しかしトッドはアメリカの分断を指摘します。その根底にあるのは識字率の問題、つまり高等教育を受けた層とそうでない層との教育レベルの二極化です。これが現在のアメリカの「見えない内戦」とも言える深刻な政治的分断を生んでいる、と分析します。

ヨーロッパ:移民受け入れの代償

一方、ヨーロッパは低い出生率を補うために、移民の受け入れという大きな一歩を踏み出しています。これは社会的な摩擦や文化的な対立という新たなコストを生み出しています。

日本の未来:静かなる縮小というシナリオ

さて、最後に私たち日本の未来です。日本の現状を示すデータは、率直に言って絶望的です。合計特殊出生率は下落の一途をたどり、最新の数値も過去最低を更新し続けています。中国を上回るほどのスピードで、確実な人口減少の未来が待っています。日本は世界から「衰退する国」の代表例として、常に名前が上がる存在です。このデータだけを見れば、未来は暗いとしか言いようがありません。

日本が持つ二つの強み

しかし、エマニュエル・トッドはこの日本に対して、非常に意外な評価を下しているのです。彼は、日本には他の国が持たない2つの強みがあると言います。

強みの1つ目は、ほぼ100%に近い識字率です。これは単に文字が読めるということではありません。全国民が一様に高いレベルの教育を受けていることを意味します。アメリカのような教育レベルによる深刻な分断が日本には少ない。

強みの2つ目は、欧米の国々と比べて非常に安定した家族構造を持っていることです。社会の基盤がまだ崩壊していない。この社会的安定性こそが日本の最大の資産だとトッドは評価します。

日本の最終シナリオ:静かなる縮小

この2つの強みから、トッドは日本の最終シナリオを導き出します。それは、ロシアや中国のような崩壊ではなく、「静かなる縮小」という未来です。日本は国家として崩壊するわけではない。社会的な安定性や秩序を保ったまま、ゆっくりとその規模を縮小させていく。これは人類の歴史上、どの国も経験したことのない、全く新しい国家の姿です。そして皮肉なことに、人口という分母が減っていくため、国民一人当たりの豊かさ、例えば一人当たりGDPは、むしろ高まっていく可能性すらあるのです。

最大の教訓と投資への応用

最も嘘をつかない未来予測データ

ここまでトッドの理論を見てきました。私たちが学ぶべき最大の教訓は何でしょうか?それは、「最も嘘をつかない未来予測データは人口である」という明然たる事実です。考えてみてください。株価や金利、政治家の発言やイデオロギーは、明日には変わるかもしれない変動するデータです。しかし人口動態は違います。20年後の20歳の労働人口は、今年生まれた赤ん坊の数で、すでにほぼ確定しています。40年後の高齢者の数も、現在の40代の人口を見れば動かしようがありません。これほど確実な未来のデータは他に存在しないのです。

長期投資への応用

この教訓を、私たちは長期投資の視点でどう生かすべきでしょうか?

まず、本当に衰退する国、それは中国やロシアです。これらの国は今まさに、人口動態の崖のその淵に立っています。社会不安や対外的な戦争のリスクが今後ますます高まっていくことが予想されます。かつての成長神話だけを信じて、これらの国に長期投資をすることは、極めて危険なゲームであると言わざるを得ません。

次に、意外な活路がある国、それが日本です。日本は縮小しますが、崩壊はしません。その社会的な秩序、高い技術、均一な教育レベルという他国にはない強みを前提とするならば、日本には独自の投資テーマが浮かび上がってきます。例えば、人手不足を補うためのロボット化やオートメーション、確実に増え続ける高齢者向けサービス、そして人口の規模は関係なく世界で戦える国内のトップ企業。これらこそが、日本の縮小する未来における活路となるでしょう。

結論

結論です。あなたはご自身の資産ポートフォリオ、あるいはご自身のビジネス戦略を考える時、この「人口」という最も確実な未来の変数を見ているでしょうか?ピーター・ティールの知性リスクも、レイ・ダリオの経済サイクルも、その土台には必ず人口動態という動かざるファクトが存在します。人口は未来を知っています。

本日はご視聴いただき、誠にありがとうございました。

参考資料:

国連人口局

世界銀行 - 人口データ